Skip to main content

日本の地熱開発状況と課題:

脱炭素社会の実現に向けて、昨年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画。2030年46%削減の目標達成に向けて、残すところあと10年を切るなかで、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の普及拡大に向けた動きが加速している。主力となる太陽光や風力、とくにコーポレートPPAを活用した太陽光や洋上風力の導入拡大に注目が集まるなか、今後の普及拡大に俄かに期待が集まりつつあるのが、地熱発電である。

図1 全国地熱ポテンシャル(地質調査総合センター(2009))

出典: 経産省,第1回 2050年カーボンニュートラルに向けた地熱発電技術のイノベーションに関する検討会 (資料5)

日本はいわずとしれた地熱大国であり、世界第3位とも言われるその地熱ポテンシャルは約2300万kWと推定されている。しかし国内では一時期、大型の地熱発電所の開発が進められたものの、その後は下火になり、FIT制度開始以降もバイナリーなど小型案件の普及に留まっていた。2018年段階ではあるが、日本地熱協会がJOGMECの助成支援事業を対象にまとめた資料では、大・中規模で全国におよそ34カ所(約32万kW)での開発案件が確認されているが(※1)、その多くが初期調査段階にとどまっている。

このように大型の地熱発電の導入が進んでこなかった背景には、地下資源の把握の難しさや、初期投資費用・リスクが高いこと、また同じ温熱資源を活用する温泉関係者との合意形成の難しさなど、複数の要因が挙げられる。なかでも、開発を難しくしていると言われているのが、自然公園法と温泉法の規制である。

地熱ポテンシャルの多くは、活火山を有するような自然公園の領域内に偏在しており、自然保全の観点から厳しい開発規制が敷かれている。また、掘削にあたっては、地下資源(温泉)の活用となるため、温泉法の制限を受けることとなり、都道府県知事の許認可を得る必要がある。しかし、従前の制度では、その許認可の判断基準が都道府県で統一されておらず、坑井(温泉を掘る井戸)の本数制限や離隔距離の規制があるものの、バラつきがあった。

規制変更に向けた動き:

[1.規制改革タスクフォースでの議論と決定]

こうしたなかで、地熱開発を促進するための制度変更の動きが昨年から加速している。はじまりは河野前規制改革担当大臣が率いた「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」である。再エネ促進を図るべく、あらゆる分野での規制を見直すこの場において、地熱発電にかかるこれら規制の見直しが指示された。

図2 地熱発電にかかる自然公園法・温泉法の改正内容

出典: 規制改革タスクフォース(第10回)資料より

手始めに実施されたのが、温泉法のもとで各都道府県が許認可を行う際の判断基準として設けている内規(坑井間の離隔距離規制や本数規制など)の撤廃である。これは、タスクフォースの議論を経て決定され、2021年6月時点で各地方局等に環境省通知として周知されている。そのため、今後は各地で順次規制が改定されていくと考えられる。

一方、このタスクフォースでは結論がつかず、省庁での持ち越し議論となった規制緩和のトピックがいくつかある。これらは、環境省に新たに設置された「地域共生型の地熱利活用に向けた方策等検討会」(以下、地熱検討会)において、同年7~9月の計3回の議論が行われた。

[2.自然公園での地熱利用ルールの見直し]

   地熱検討会の議題のうち、特に大きな焦点の1つだったのが“自然公園での地熱開発ルール(解釈)の変更“である。国立公園などの自然公園は、その重要性に応じて上から、「特別保護地区(以下、特保)」、「第1、2,3種特別地域(以下、1特、2特、3特)」、「普通地域」にグレード分けされている。自然公園法の施行規則では、公園内の開発基準を定めているが、施行規則だけでは判断できない部分もあるため、さらにその法律の細部や解釈を環境省通知で定めている。この通知内容こそが、実質的な自然公園内での地熱開発のルールとなっている。今回の地熱検討会では、この通知内容が見直されたのである。

図3 今回の見直し前までの地熱規制

図出典: NEDO WEBサイトより

これまでの通知内容(H27年)では、特保、1特(地表部)での地熱開発は禁止。一方で1特、2特、3特については、エリア外から斜めに掘ってアクセスする傾斜掘削であれば認めるものとされていた。また、優良事例である場合には、2特、3特の地表部に工作物をおく開発も認めるとされていたが、いずれの場所でも基本は“原則開発禁止”であり、開発許可は例外的な措置との解釈が示されていた。今回の見直しでは、この解釈が変更されて、2特、3特については“原則開発禁止”の文言が外されることとなった。

このほかにも同検討会では、①初期調査段階での詳細計画提出の不要化、②温泉法ガイドラインの見直しなど、いくつかのルール等が変更された。これらにより地熱資源の多くが眠る国立公園内でさらに開発がしやすくなることで、今後は大型の地熱事業が進むことが予想されている。

今後の普及課題は:

ただし規制緩和が進んだとはいえ、地熱開発の今後にはまだまだ多くの課題が残っている。特に大きな問題は、いかに合意形成を図っていくかと言う点である。ただ規制緩和が進むだけではこの問題の解決にはつながらない。むしろ、拙速で無理な開発になれば地域関係者(特に温泉関係者)の理解を得ることはより難しくなるだろう。

もちろんその点は今回の地熱検討会のルール見直しでも配慮がされている。地熱発電で使う地下にある熱資源の“地熱貯留層”が、温泉事業者が温泉として活用する“温泉貯留層”に影響を与えないか、流動シミュレーションにより分析することや、事後モニタリング、さらには問題が生じた際に順応的管理を実施するようガイドラインが修正されている。

図4 自然公園の地種区分ことの地熱ポテンシャル

出典: 環境省 令和元年度再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書

また、開発時の環境保全措置についても、景観に影響を及ぼさない配置や意匠設計、地下水や河川流量に影響を与えないよう、さらなるブラッシュアップが事業者側に求められていくだろう。日本の自然公園は、民有地の所有権をそのままに保護区域を設定する「地域制」を採用している。そのため、保護区指定においては、指定による開発規制を忌避する所有権者側の意向もあり、必ずしも地目通りの指定がされているとは限らない。2特、3特であっても、より高いグレードの自然環境を有することも考えられる。今回の見直しで原則開発可能になったとしても、依然として高い環境配慮が求められるのは言うまでもない。

太陽光や風力の開発が進み、開発にともなう社会・自然環境への配慮が強く求められるようになるなかで、世界に誇る地熱ポテンシャルを持続可能な形で開発をしていくことができるか、地熱発電の本当の正念場はこれからである。

(※1) 経産省,第39回調達価格等算定委員会(資料3)
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/039_03_00.pdf