昨今はESG投資への注目から、各分野で自然エネルギー活用の動きが多くみられるようになってきました。製造分野など工場を持つ企業では、建屋に太陽光パネルの設備を直接導入する事例や、オフィスなどの商業施設では、パネルの設置に代わり自然エネルギーの電気を小売事業者から購入することで活用の道が模索されています。
一方、そのなかで、自然エネルギーの活用が難しく導入が遅れていると言われている分野があります。交通・輸送の分野です[1]。本コラム記事では、交通分野での自然エネルギーの普及動向を取り上げることで、自然エネルギー100%への可能性を探ります。
[1] ここではモノ・人を輸送する分野全体を指す。
実はまだまだ、交通・輸送分野
人・モノを運ぶ、航空・船舶や鉄道などの交通・輸送分野。その様々な輸送手段のなかで、最も身近な「車」では、昨今、従来のガソリンなどを燃料とする内燃機関車から、電気を駆動力とする電動車へとシフトが進んでいます。いわゆる電気自動車、ハイブリッド車や燃料電池車などの普及です。「電気で走る=排ガスを出さない=クリーン」というイメージから、ともすると同じ「クリーン」「電気」という単語で連想される「自然エネルギー」が動力源に多く使われている、という印象を持っている方もいるのではないでしょうか?
実際のところ、ハイブリッド車などは、エンジンを回して作った電気や車の回生ブレーキで発生する電気を使うため、自然エネルギーが活用されているわけではありません[2]。電気自動車や燃料電池車もしかりで、充電・充填する電気や水素が必ずしも自然エネルギー由来とは限りません。
[2] プラグインハイブリッドなどで、充電する電気が自然エネルギーの場合はこの限りでない
じつは、交通・輸送分野で使われている自然エネルギーはそこまで多くはありません(図1)。2018年にREN21が発表した「Renewables 2018 Global Energy Status Report」によれば、世界の最終エネルギー消費量のうち、交通・輸送分野が占める割合は約3割。電力分野の約2割と比べて多くを占めています。一方、そのうち自然エネルギーの割合を見ると、約3%とわずかであり、さらに自然エネルギー(電力)が占める割合に至っては0.3%と、熱分野や電力分野と比べても大きく遅れを取っていることが分かります。
図1. 世界の最終エネルギー消費に占める分野ごとの自然エネルギー割合(出典:REN21 GSR2018)
遅れがちな交通・輸送分野での自然エネルギーの取り組みですが、その普及は喫緊の課題です。日本はCO2排出量では世界の五本指に入る排出大国。その日本の排出量の内訳を見ると、交通や輸送を担う運輸部門からの排出は全体の約2割近くを占めることが分かります。すなわち、交通・輸送分野での自然エネルギーの導入が遅れることは、気候対策に大きな影響を及ぼすことになるのです(図2)。
図2. 日本のセクターごとの排出量(出典:JCCCA)
自然エネルギー普及の兆し
では、交通・輸送分野で自然エネルギー(電力)の利用はこのまま低調のままなのでしょうか? そうとは限りません。最近は自然エネルギーを積極的に活用する事例も見ることができるようになっています。
自然エネルギー100%で運行することがニュースになった東急電鉄の事例は、まだ記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。東急電鉄世田谷線では、2019年3月25日より水力発電と地熱発電を由来とした自然エネルギーの電気のみで運行を行っており、排出量ゼロの通勤電車としては日本初となりました[3]。この使用エネルギーの転換により、年間で約1,263tのCO2排出の削減ができると発表されています。
[3] 東急電鉄ほかの報道発表にもとづく
なお、自然エネルギーの活用利点は、主にCO2の排出削減にありますが、自社の削減に留まらず社会全体の排出削減を進めていくには、新たに自然エネルギーの設備を導入していく必要があります。世田谷線の事例では電力供給元の水力と地熱の発電所は、ともに昭和期に建造された既存設備であり[4]、今回の電力を切り替えた結果として、世の中に新たな自然エネルギー設備が増えることにはつながりませんでした。言うまでもなく、同社のように自然エネルギーを活用する取り組みは、環境配慮が求められる時代の企業活動としては大変重要なものです。今後は、従来の化石燃料由来の発電源を置き換えていくためにも、利用する電気を、自然エネルギーを新たに設置して作るなど、さらなる取り組みが期待されます。
[4] 東北自然エネルギー株式会社WEBより、東急電鉄の報道発表にある大越発電所(水力)と松川発電所(地熱)を調べた結果
ちなみに、オーストラリア・バイロンベイ鉄道では、鉄道車両の屋根等に太陽光パネルを設置することで、電車の運行に必要な電力を直接まかなっています。これは運行の速度や頻度(利用者)が少ない当地ならではの事例で、現時点で日本国内の鉄道に適用は難しいでしょう。しかし、近年は自然エネルギー設置技術の研究も徐々に進んでおり[5]、将来的には導入した自然エネルギー設備からの電気を、直接供給することが可能になるかもしれません。
[5] NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)では、平成27年までの「太陽光発電多様化実証プロジェクト」において、鉄道軌道内への太陽光設備の設置可能性について研究を行っている。
また鉄道以外でも、自然エネルギー(電力)の活用が模索されています。例えば冒頭に述べた車に関しては、高効率の太陽電池を車上搭載して動力源とする実証実験が、すでに2019年7月から国内で開始されています[6]。
[6] NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による報道発表。
航空業界では、まだスタートアップ段階ながらも、短距離輸送用の小型機で電化の動きがあり、自然エネルギーの電気が活用される可能性があります[7][8]。これらの商業展開はコスト面から、まだ先にはなることが想定されますが、実現されれば交通・輸送面での自然エネルギー(電気)の普及が大きく伸びることが期待されます。
[7] REUTER 通信のニュースより / [8] VOLOCPTER WEBサイトより
自然エネルギーのなかでも、バイオ燃料の活用が主として進められてきた交通・輸送分野ですが、しかしながら、今後は電化を進めることで、自然エネルギーの「電気」の活用可能性が高まり、同分野での自然エネルギー比率を押し上げていくことが期待されます。
市川大悟(WWFジャパン)