昨今、普及が大きく進んだ自然エネルギー。エネルギー需要を100%下支えするにはまだまだ多くの導入が必要ですが、普及が進むにつれ、FIT制度を開始した当時にはあまり聞かれることのなかった、地域でのトラブルが表面化してきました。
トラブルを引き起こす数ある要因のうち、多く聞かれるのが、自然環境への影響を懸念するものです。今後、さらに自然エネルギーの普及を目指すことは、増える開発負荷とどのように向き合うかを問うことでもあります。
では、どのように普及を進めればよいのでしょうか? 本コラムでは、その鍵となる環境配慮と合意形成について紹介します。
図1. 自然エネルギー導入量の将来見通し
増える開発摩擦、その背景は?
2012年にFIT制度が開始して以降、これまでわずか7年間で、自然エネルギーは急速に拡大をしてきました。当初は自然エネルギー全体(大規模水力除く)で約2,060万kWであったものが、現在(2019年3月末時点)では約6,200万kWにまで増加しています[1]。
[1] 第46回調達価格等算定委員会 資料1より。なお、現在の導入量6200万kWは、同委員会資料で示された制度開始以降の累積の運転開始設備(4,148万kW)を、制度開始までの累積導入量2,060万kWと足し合わせたものであり、同期間中に運用停止した設備については加味していない大まかな概算であることに留意
昨今の異常気象に見てとれるように、気候変動が深刻化するなかでは、自然エネルギーの急速な拡大が望まれるところですが、一方で「軋み」が生じつつあります。開発に対して事業者と地域関係者でトラブルが見られるようになっているためです。
例えば太陽光発電について、環境省が昨年行った調査[2]では、かなり限られた自治体を対象とした調査にも関わらず、234事業で苦情や要望書があることが確認されています。これは都道府県や政令指定都市、アセス条例を制定しているような 「大きな自治体」の窓口を対象としたもので、開発の大半を占めるその他の地方自治体の窓口は対象になっていません。そのため、実際には相当な件数のトラブルがあると想定されます。
[2] 環境省、「第7回太陽光発電施設などに係る環境影響評価の基本的考え方に関する検討会(参考資料5)
この調査結果を見ると、トラブルが生じている場所は、林地、農地、草地で全体の約8割に達しており、都市的環境というより、動植物などが生息する自然環境が残るような場所で多いことが分かります(図2)。
図2. 事業用地の立地条件
出典:環境省「第7回太陽光発電施設などに係る環境影響評価の基本的考え方に関する検討会(参考資料5)
こうした立地条件のためか、太陽光のトラブル要因について調べた環境省による別調査[3]では、土砂災害などの懸念に次いで、景観や動植物・自然への影響を懸念する声が多いことが分かります(図3)。これが、風力発電ではその傾向はより顕著になります(図4)。
[3] 環境省、「第1回太陽光発電施設などに係る環境影響評価の基本的考え方に関する検討会(資料3-1)
図3. 太陽光の問題事例の要因分布
出典:環境省「第1回太陽光発電施設などに係る環境影響評価の基本的考え方に関する検討会(資料3-1)
図4. 風力発電所のトラブル件数
こうしたことからも分かる通り、自然エネルギーの普及を円滑に進めていくためには、事業が自然環境に与えるインパクトを減らす「環境への配慮」が、極めて重要であると言えます。
あるべき環境配慮(許される開発影響)とは?
では、どの程度の環境配慮が必要なのか? 言い換えれば、どこまで(どのような場所)ならば開発による自然環境への影響が許されるのでしょうか? これは簡単に答えられない極めて難しい問いです。筆者の知る限り、「これさえ守れば、どんな場所で開発してもその影響は充分に少ない」と、一義的に言える基準や指標はありません。
もちろん、国立公園の特別地域や鳥獣保護区で設定される「特別保護地区」など、希少種など特に重要な種の保存を目的として設置される保護区など、いかなる理由でも開発が許されるべきでない場所もあります。同様に、保護区としては設定されていなくても良好な自然環境もあり、必ずしも、保護区でなければ開発による影響は小さいと言えるものではありません[4]。そのため、「自然を守る観点」で見て白黒をつける場合、完全に開発が問題ないと言えるホワイトな場所は少なく、むしろグレーゾーンがほとんどと言えます。
[4] 例えば、IBA (Important Bird Area)やKBA(Key Biodiversity Area)など
では、草木がわずかでも生えるような場所であれば、開発はダメとしてしまえばいいのではないか、という意見もあるかと思います。しかし、多くの自然エネルギーのポテンシャルが地域に偏在することを踏まえれば、一切の導入が進まなくなってしまう恐れがあります。
とかく忘れられがちなのが、自然エネルギーが普及しないことも、「自然を守る観点」で見れば大きな影響を及ぼすという点です。地球温暖化が進めば、中長期的には甚大な自然環境への影響をもたらします[5](図5)。
[5] 日本国内の例で言えば、このまま温暖化が進み、今世紀末までに4℃以上の気温上昇が起きた場合、国内のブナ林はその潜在的生息域のほとんどが消失する恐れがあることが研究で報告されている(環境省S-8報告書「地球温暖化が日本を含む東アジアの自然植生に及ぼす影響の定量的評価」)
図5. 温暖化が進行した場合のブナ林の生息域の偏移
出典:環境省S-8報告書「地球温暖化が日本を含む東アジアの自然植生に及ぼす影響の定量的評価」(一部表記を筆者で追記)
したがって、今後もさらに自然エネルギーの普及を進めていくためには、開発による短期的影響に加えて、導入が進まないことによる長期的影響の両面を、当事者である事業者と地域関係者が理解すること。その上で、地域関係者が納得できるような、できるだけ環境負荷が少なくなる開発場所を明確にして、事業が進められることが必要になっていきます。
合意形成とその手段
しかしながら、先に述べたとおり、ここであれば環境影響が少ないと一義的に言えるような場所は少なく、グレーゾーンが多いなかでは、「できるだけ環境負荷が少なくなる開発場所」を決めることは、容易ではありません。事業者と地域関係者では、許容することのできる開発の環境負荷について、認識が一致しないことがあるためです。
お互いにぶつかり、トラブルに発展しないようにするためにも、事業者と地域関係者の双方が、相手側の主張に丁寧に耳を傾けて、納得できる(あるいは、譲ることのできる)部分で少しずつ折り合っていく、いわゆる「合意の形成」が必要になります。
そして、その合意形成を促すためのツールの1つに、「ゾーニング」と呼ばれる手法があります。ゾーニングとは、端的に言えば“自然エネルギーの導入適地”を見つける作業。開発により懸念される影響やリスク(例:動植物や景観への影響など)に注目して、どのような場所においてそれらの影響が大きいかを個別の影響ごとに評価。全ての評価結果を足し合わせることで、総合的にどこが開発による影響が大きいのかを可視化するものです(図6)。
図6. ゾーニングのイメージ図
こうした評価結果(ゾーニング)を事前に地域側で準備をしておくことで、いざ事業者が開発をしようとする際に、事業者と地域関係者でその開発の適正について、冷静かつ合理的に話し合うことができると考えられます。
持続可能な導入に向けて
トラブルが顕在化しているいま、持続可能な自然エネルギーの導入のあり方について、より深く議論を進めていくことが必要です。近年ではその動きも出始めており、例えば、2016年には、自然エネルギーの事業関係者や研究者、自然保護団体など多様なステークホルダーによる議論を経て、持続可能な自然エネルギー導入のあり方についての研究報告書が出されています[6]。
[6] 持続可能な社会と自然エネルギー研究会報告書 – www.isep.or.jp/archives/library/7820
先のゾーニングについても、ここ数年ようやく一部の自治体で進められるようになってきました。しかし、それもまだ風力発電分野に限られます[7]。太陽光の分野などではまだ実施された事例は多くはありません。
[7] 風力発電については、環境省よりゾーニング策定のためのマニュアルが発行されている。 www.env.go.jp/press/105276.html
今後、大幅な自然エネルギーの普及を、持続可能に進めていくためにも、ゾーニングやこれに変わる合意形成を促す取り組みを模索し、整備を進めていくことが、今まさに求められています。