EU(欧州連合)は、パリ協定における気候変動対策の長期戦略を2020年3月に提出しました。この中では、2050年までに気候中立(Climate Neutral)を目指すとしており、温室効果ガスの排出量を実質(ネット)ゼロにすることを意味しています[1]。この気候変動対策の長期目標は欧州議会が2020年1月に発表した欧州グリーン・ディ―ル構想にも含まれています。
[1] EU委員会 “2050 long-term strategy”
2020年にスタートしたパリ協定に対してEU全体では2030年までに温室効果ガスを40%削減(1990年比)する気候変動&エネルギー枠組みを2014年に策定し、2030年までの自然エネルギー割合(最終エネルギー消費)の目標を32%以上に、エネルギー効率化の改善目標を32.5%とする政策決定を2018年に行いました[2]。EU各国は2021年以降2030年までのエネルギー・気候変動対策計画(NECPs)を策定することになっています。
[2] EU委員会 “2030 Climate & Energy Framework”
これに対して、EU内の環境NGOを含む市民セクターは、パリ協定の1.5℃目標の達成に必要なEUの気候変動対策の目標をさらに引き上げることを求めています。それは、2030年までには温室効果ガスの排出量を65%削減し、2040年までには自然エネルギー100%のエネルギー供給をEU全域で達成するという目標です。そのために、欧州全域についてパリ協定の目標を達成するための「PACエネルギー・シナリオ」”the Paris Agreement Compatible(PAC) Energy Scenario”を欧州気候行動ネットワーク(CAN Europe)と欧州環境連合(EEB)の共同で2020年6月に公表しました[3]。このPACシナリオは、特に欧州全域の送電ネットワーク(ENTSO-E)や天然ガスネットワーク(ENTSOG)によるインフラを長期的に構築するための10年構築計画(TYNDP)への具体的な提案にもなっています。
[3] PAC “PAC シナリオ”
国際的な新型コロナウィルスの感染拡大からの社会の復興では、EUにおいても気候危機への対応をしっかりと行うグリーン・リカバリーが重要となっています。そのためには2030年までに温室効果ガス排出量を65%削減するためのエネルギーシステムを早急に構築するという挑戦に取り組む必要があります。このPACシナリオでは、以下のようなポイントを重視しています。
- 省エネルギーのポテンシャルを深めて、2050年までにエネルギー消費量を半減する。
- 自然エネルギーの供給量の割合を2030年までの50%、2040年までに100%まで増やす。
- 産業プロセス、熱利用や運輸の電化を進める。
- 早急にエネルギー供給における化石燃料からの脱却を進め、2030年までの石炭の廃止、化石燃料由来のガスも2035年までに廃止して、石油も2040年までには廃止する。原子力発電も2040年までに廃止する。
- 自然エネルギー由来のガスや燃料は産業や航空分野などで限定的に利用する。
PACシナリオでは、産業、家庭、業務、農業、交通の5つのセクターの最終エネルギー消費における省エネルギーのポテンシャルを評価し、それらを自然エネルギーに転換するシナリオを策定しています。その結果、2050年までに最終エネルギー消費を半減しています。これに対して、エネルギー供給では現在の化石燃料から転換し、2030年には自然エネルギー供給を50%、2040年までに100%とするシナリオになっています(図1)。このPACシナリオでは2030年までには、自然エネルギーがエネルギー供給の主力となっており、特に太陽光発電と風力発電による直接の電力消費だけではなく、自然エネルギー由来のガスや燃料までもカバーしています(図2)。その結果、PACシナリオでは2030年までに発電電力量に占める自然エネルギーの割合は89%(2015年時点では28%)、熱分野の割合は44%(2015年は18%)、交通分野は36%(2015年は5%)にまで増加します。
図1 PACシナリオによる一次エネルギー供給の推移(出所:PACプロジェクト)
図2 PACシナリオの発電電力量および電力消費量の推移(出所:PACプロジェクト)
松原弘直(環境エネルギー政策研究所)