■はじめに
今冬(2023年1・2月)の電力需給ひっ迫が叫ばれています。一時は予備率が3%を切る見込みとなり、電力安定供給のために火力・原発での供給力増加を求める声が相次いでいます。しかし、根本的な原因を解決せずに安易に火力・原発に回帰することは本当に社会のためになるのでしょうか?
本記事では、今冬の需給ひっ迫について現在の状況を紹介し、この状況をどう切り抜けるべきか、また日本が中長期的にどのような方向に向かうべきか考えます。
■電力需給ひっ迫について
以下の左の表は、2022年度冬季の需給見通しです。この図で2023年1月と2月の最も需要が高まる時間帯に予備率※が3%を切るため需給ひっ迫が起きると報じられ、その後供給力の確保によって3%以上の予備率を確保することになりました。
※予備率:電力を安定して供給するためにトラブル発生などに備えて確保するべきとされている電力の割合。予備率が0%を切ったら計画停電、さらに低下すれば停電(ブラックアウト)となる。
図:各エリアの予備率(厳寒H1)第77回調整力及び需給バランス評価等に関する委員会資料より
この需給見通しに基づいて「ベースロード電源(火力・原発)を増やすべき」との意見も散見されますが、電力の需要と供給の両面から対策を考えるべき、というのが本記事の趣旨になります。
以下のグラフは年間の電力需要の1年間の傾向を示す「持続曲線」といわれ、年間の電力需要の高いポイントを左から高い順に並べたものです。例えばグラフ左側に示されている、需要が大きく上昇している時間の合計は年間で15時間程度と、需要の特に高い時間は全体のうちでは一部であることが示唆されています。このように特に需要の高い時間(需要のピーク)では需給ひっ迫の懸念は高まりますが、どんな対策を打つことができるでしょうか?
図:電力需給持続曲線(2021年度、日本全国)
■今冬をどう乗り切るか(短期の対策)
対策として、今冬~数年の需給ひっ迫対策と、中長期の電源確保について分けて紹介します。
まず短期の対策について確認すると、ピーク時の需給ひっ迫に対して、一番即効性があるのは節電です。
政府は今年3月と6月の需給ひっ迫時に国民に節電を呼びかけ、一定の効果を得ました。しかし、節電要請の「お願い」では不確実性が高く、回を重ねるごとにその効果も薄れていきます。そのため、経済的な手法を用いて、ピーク時の節電や、電力使用の別の時間帯へのシフトを促していく必要があります。
その手法は「ディマンド・リスポンス(DR)」と呼ばれています。DRには大きく分けて以下の図のように、①電力消費量を下げる、②電力需要のピークをずらす、③電力が余っている時間帯に貯め、電力が足りない時間帯に放出する、という方法があります。DRは数時間の需給ひっ迫に対して有効に働き、追加で設備投資をすることに比べると準備期間も短く経済合理的です。「お願い」ベースでの要請と異なり金銭的な契約が交わされているため、高い効果も見込まれます。再生可能エネルギー主力化に向けて政府も早急に取り組む必要があるとしています。
図:資源エネルギー庁『ディマンド・リスポンスってなに?』より
また、電力の消費量を下げるよう、節電を後押しする施策が必要です。設備の高効率化のほか、オフィスビルや店舗、住宅などの建物の断熱に取り組むことが有効です。日本の建築物の断熱性能は国際的にみても低く、冷暖房に要するエネルギーが大きくなっているためです。今年4月、政府は住宅を含めた建築物の省エネ基準の適合を義務化するなどを定めた「建築物省エネ法」を成立させましたが、既存の建物や更なる基準の向上など、今後は追加の施策も必要になるでしょう。店舗やオフィスビル、公共施設などでは、過剰に照明や冷暖房が使用されていないか見直すべきです。
節電は実行にそれほど長い時間がかからず、エネルギー価格高騰への対策にもなるため、早く進めた方が長期的にみてもプラスになります。無駄なく賢くエネルギーを使う社会づくりを進めることが求められます。
一方で、今冬をしのぐという意味では、やむを得ず休止していた火力発電を再稼働させることもあるでしょう。今年の冬に向けては、長期計画停止中の火力発電所の再稼働などにより、約260万キロワット分が確保されました。しかし、本当に火力発電でその時その時を“しのぐ”ことが望ましいのか考える必要があります。
また、政府は原発を再稼働させる考えでいますが、現状稼働できる原発はすでに動いており、稼働していないものは自治体の同意を得られていなかったり、安全審査で合格していない原発になります。これらを再稼働させるためには多大な時間がかかり、今冬や今後数年の需給ひっ迫対策には間に合いません。
■電力需給ひっ迫は火力や原発が足りないから起こった?
問題は、中長期的な方針として火力や原発へ回帰する動きがみられることです。残念ながらこれらベースロード電源への投資は、需給ひっ迫への根本的な解決策にはなり得ません。
火力発電も原発も、発電所のトラブルがつきもので地震や稀頻度リスクに弱く、発電所が停止した際にはその影響は広い地域にわたります。実際、今年3月に福島沖で地震が発生した際には東京電力管内の多くの大型発電所が停止・故障し、3月や6月に例年にない気温低下・上昇が起きた際に稼働できずに電力需給ひっ迫を招きました。
火力発電は、言うまでもなく温暖化の主要因です。今年3月と6月の需給ひっ迫は、季節外れの寒さ・暑さが多くの発電所の点検時期と被ってしまったことが原因で発生しました。この異常気象・気候変動を火力発電によって助長しては、ますます柔軟な需要への対応が困難になるでしょう。日本の電力会社は“ゼロエミッション火力”を謳う水素・アンモニア燃料やCCUS導入による火力発電の延命を図っていますが、これらの技術はコスト高な上に“ゼロエミッション”には遥か遠く及ばず、気候変動の進行スピードに全く追いつきません。
世界的な脱炭素の潮流やエネルギー危機で、火力発電のコストは高くなる見込みはあっても安くなる要因はありません。火力発電はいっそう事業の採算性が合わなくなります。
岸田首相はGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で、原発の新増設や運転期間延長について触れました。しかし、福島の原子力発電所の事故からの復興や廃炉もままならず、高レベル放射性廃棄物の最終処分場すら決まっていない状況で原発を再稼働・新設するなど到底国民の理解を得ることはできません。さらに原発は放射線廃棄物の管理まで含め、莫大な費用を必要とします。
ごく短い時間の需給ひっ迫回避のために、多大なコストをかけてベースロード電源に投資することは経済合理的ではありません。
なお、火力発電については「事業の採算性悪化に伴い発電所の休廃止が進んでいる」と言われていますが、少なくとも電気事業者が提出した供給計画上は、発電所の廃止はそう進まない見込みになっています。
以下は2031年度末までの石炭・LNG・石油火力の新設と廃止の計画を取りまとめた表になります。これを見ると、石油火力は廃止が進んでいますが、石炭・LNGはむしろ大幅に新設され、石油の減少分を完全に打ち消していることがわかります。
表:2031年度末までの火力発電の新設・廃止計画電力広域的運営推進機関(OCCTO)「2022年度供給計画の取りまとめ」より気候ネットワーク作成
気候変動による被害が実際に世界中で発生している中で、火力発電の新設計画が提出されていること自体、非常に問題です。また、これらの現状を踏まえると、火力発電所の不足による電力不足、という言説で不安をあおる情報源については注意するべきでしょう。
■今後はどのような方向に向かっていくべき?
エネルギー危機や電力需給ひっ迫が発生していても、速やかに脱炭素社会に移行する必要があることは変わりません。
まずは前述した省エネを徹底し、エネルギー消費量を減らしていきます。そしてDRをより普及させ、余った電気は他のエリアに融通したり、揚水発電や蓄電池に貯める柔軟な系統の運用を行うことが求められます。
さらに、あらゆる再生可能エネルギーをバランスよく導入していく必要があります。以下の図は日本の再生可能エネルギーの導入ポテンシャルになります。幸い日本は再生可能エネルギー導入のポテンシャルが高く、電力需要の約2倍の再生可能エネルギーを導入できるという調査があります。日本では太陽光発電の導入が比較的進んでいますが、太陽光発電が少なくなる夜や冬も発電量が期待できる風力発電はあまり導入が進んでいません。再生可能エネルギーの変動性は、電力システムの柔軟性として様々な調整力や様々な再生可能エネルギー電源、需要側の調整や蓄エネルギー、熱や運輸セクターとのカップリングなどを導入することによって対応することができます。
環境省「我が国の再生可能エネルギー導入ポテンシャル」より
再生可能エネルギーはCO2の削減ポテンシャルも高いうえ、導入にかかるコストも低く、費用対効果の面ではプラスになることがわかっています。再生可能エネルギー主力化に向け、地域に利益と雇用をもたらす多様な再生可能エネルギーを、地域と共生する形で早急に導入していく必要があります。
Climate Integrate「気候変動の今、これからー最新の科学からのメッセージー」より
■参考資料
・京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座『電力需給ひっ迫「注意報」で注意すべきこと』
・Japan Beyond Coal『【ニュース】OCCTO電力供給計画を公表、2031年度に石炭32%を占める見通し』
・国際環境NGO FoE Japan『オンラインセミナー:「電力需給逼迫」と原発再稼働~望ましい解決策とは(9/6)』
・公益財団法人WWFジャパン『ウェビナー:電力需給ひっ迫にどう対応するか?供給側の対策のみならず、需要側の柔軟性(デマンドレスポンス)で備えよ』
・Japan Beyond Coal『【ファクトシート】水素・アンモニア燃料 ─解決策にならない選択肢』