世界的な潮流とはいえ、果たして日本で自然エネルギー100%は可能なのでしょうか?経済への影響は大丈夫なのでしょうか?WWFジャパンによる「脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017」がこれらの問いに答えます。
自然エネルギー100%をめざす潮流
2012年7月にスタートした「固定価格買取制度」。その開始からわずか5年、今日に至るまでの間に、国内で自然エネルギー(以下、自然エネ)は劇的な増加を見せてきました。
特に大きな伸びを見せた太陽光発電は、制度開始前には約560万kWだった設備容量に対し、2016年末までのわずか4年で、その6倍近く(約3,200万kW)1の設備が導入される勢いとなっています。また、海外では太陽光よりコストが安いといわれる風力についても、国内での導入に向けた動きが加速化しており、すでに環境アセスメントにある事業だけでも1,200万kWを超えています2。
1. 経産省 再生可能エネルギーの大量導入にともなう政策課題に関する研究会(第1回)資料3より算定
2. 経産省 環境顧問審査会 全体会(H29年5月29日)資料2-2より算定
なお、近年は「持続可能な開発目標(SDGs)」で言及されるように、持続可能なエネルギーの普及が環境だけでなく、貧困の撲滅をはじめとする経済的、社会的課題の解決にもつながることから、こうした自然エネの普及が果たす役割は、今後増々大きくなっていくものと考えられます。そのため、国内外問わず、いま以上に自然エネが普及していくことが予想されます。
こうした背景もあり、近年では、自らが使用するエネルギーを自然エネだけで賄うことを目指す「自然エネルギー100%」をキーワードとした流れが生まれつつあります。社会全体で使うエネルギーを自然エネルギー100%にしていくことを目指す本キャンペーン「自然エネルギー100%プラットホーム」をはじめ、企業がその活動で使用するエネルギーを100%自然エネにすることを目指す「RE100」なども代表的なもののひとつです。
しかし、自らがつかうエネルギーだけでなく、ましてや社会全体を自然エネで賄うことなどできるのでしょうか?「100%」が単なる理想だけでない、掴み取ることができる実現可能なものかの検証が重要となります。
この疑問に焦点を当てて、実現可能性を検証したもののひとつに、WWFジャパンが策定した「脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017」(以下、シナリオ)があります。
脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017
このシナリオは、もともと2011年に策定された「省エネ編」を皮切りに、「再エネ編」、「費用算定編」、「電力系統編」の4部作で構成され発表されたレポートで、100%自然エネルギーの社会の実現が、技術的にも、費用的にも、実現可能であることを検証したものです。時を経て、新たに2017年に内容を更新し、「脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017」として発表されました。
その基本的な検討のコンセプトは、無理にイノベーションに頼らず、むしろ現状すでに確立されている省エネと自然エネの技術を中心に普及を図ることで、将来に必要なエネルギー需要を十分に低減させた上で、これを自然エネルギーだけで十分に賄えるかを確認するというものです。
例えば省エネでは、2050年にはすべてのガソリン車が電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)へ置き換わることを想定しています。またより身近なものでは、家庭における白熱灯からLEDへの切り替えなどが挙げられます。
このほかに、もっともエネルギー消費量の多い産業部門においては、産業機器に多く使われているモーターをインバーター制御に切り替えたり、あるいは鉄鋼の生産について石炭を多量に使う高炉から電炉に切り替えることで、エネルギー消費量を減らすことを想定しています。
いくつかは目にしたことがあるはずのこれら既存の省エネ技術の普及を想定するだけも、将来には最大で現状より5割近くのエネルギーの削減が可能であることを、シナリオでは確認しています。
一方、省エネで大幅に減らしたエネルギー需要は、自然エネルギーの導入によりすべて賄うことを想定して、国内で必要となる導入量を算定しています。基本的には、コスト低下が著しい太陽光と風力を主力に地熱や水力などで発電をし、必要な電力量を確保。また、必要量以上に発電した電気は熱に変換することで、バイオマスと合わせて、熱の需要を賄うことを想定しています。
検証には、国内の気象データを使い、想定する自然エネの設備容量の1時間ごとの発電量をダイナミックシュミレーションすることで、需要が満たせるかを確認しています。
このようにして、省エネと自然エネを組み合わせることで、将来のエネルギー需要を自然エネルギーだけで満足できるかを検証した結果、いまある国内の自然エネルギーのポテンシャル(活用可能な資源量)内で十分まかなえることが分かっています。
自然エネルギー100%は経済的にも有益
検証により、技術的にも資源量的にも、自然エネルギー100%の社会を目指すことが可能であることを示した「脱炭素社会シナリオ」ですが、シナリオではさらに、その実現にかかる費用がリーズナブルなのかについての確認も行っています。
結論だけ述べると、100%自然エネルギー社会を目指す場合、初期投資に多くの費用がかかるものの、エネルギー使用量が大幅に削減できることにより、社会全体で支払うコストを大幅に削減できることが分かっています。具体的には、このまま省エネを前提とした自然エネ中心の社会にシフトしない場合の社会ケース(BAU: Business as Usual)と比較して、2050年までに約84兆円の「得」になることが示唆されています。
これはあくまで2050年までの試算であり、ひとたび自然エネルギー社会に移行したあとには、もはや化石燃料に毎年多額の費用がかからないことを考えると、その便益は想定より大きくなるものと考えられます。
自然エネルギー100%をめざす価値
このように、自然エネルギー100%の社会は「実現可能」で「リーズナブル」という点からも十分目指す価値がありますが、その価値はこれだけにとどまりません。
旧来型の化石燃料に依存した社会は、温室効果ガスを排出し、いつ臨界点を迎えるかわからない気候変動の問題を加速させ、私たちが資源を享受する自然環境を大きく損ないかねません。また、石炭火力に代表されるような健康被害への懸念や、さらに原発に関しては、使用済み核燃料の処分方法など、将来世代にまで影響を及ぼしかねないような懸念があります。
そして、私たちが自然エネルギー100%の社会を目指す理由を考えたとき、こうしたリスクを低減できることこそが、もっとも大きい「価値」と言えるのではないでしょうか。
執筆:WWFジャパン 市川大悟
この記事は独立行政法人環境再生保全機構地球環境
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